a sad night
哀しみが私を作り上げた?
そう感じることに
もう うんざりしているけれど
悲しみが私を創り上げた
歓びではなく?
私はどこにいる
償い切れないという幻想
断ち切れない錆びた鎖の束
溺れて沈んでいっても
その先も その先も
深海はまだ深く
深海は続いてゆくようだ
切り刻みたい衝動を抑えても
形を変えてそれは発現を繰り返す
幾夜も脅えている
薄暗い汚れた空の鈍い星の光
それはまるでただの空洞のような
破れた緞帳の傷のようじゃないか
かなしみがわたしをつくりあげた?
抜け出したい
松井絆
空き地の音(ね)
広い 空き地の真ん中で
とてもよい音のする楽器を
吹いている人がいる
空に抜けるように
風に乗るように
その楽器の音が
街に届いてゆく
帽子を被ったその人は
広い空き地の真ん中で
ただ一人
大きな空の下で
たった一人で音を奏でる
その背中は小さくても
僕にはその人が見えている
街ゆく人は誰も
気付いてはいないかのように
歩をすすめている
風そのものが音楽になったように
爽やかな夕景のはじまりに溶ける
ゆっくりと 雲は流れる
僕はあの人が
天使ではないかしらと
本気で考える
松井絆
私という船
大海を静かにゆく
私という船が
僅かな波すら立てずに
聞こえるのは天体の音だけ
比較対象もなくて
進んでいるのか
景色は 動いているか
しかし
私の心は知っている
スピードでもない
波紋でもない
見えているものが
道標ではなく
いま感じている静かな鼓動が
船を 動かしていること
船は 進んでいるということを
松井絆
設定
シンプルな機械ほど操作がむずかしい
複雑なものは
手順もそれなりで
意外と
それほどは
迷わない
この心にも
設定ボタンがあればな
いいのにな
松井絆
熱
太陽を浴びた布団のにおい
涙があふれて
こぼれてくる
しつこいくらいなんども
なんども
松井絆
僕は
だから僕は詩人になろう
枯渇してしまった孤独を砂漠で潤そう
どこまでも追ってくる嵐に焼かれよう
いつかこのすべてをタイムカプセルにして埋めよう
だれも知らない場所に沈めて だれの目にも触れずに消える
少し卑屈だろうか
引き裂いてしまいたいのだ
すでに引き裂かれたものを表現しなくては
僕の存在が まるで嘘みたいじゃないか
大海を身一つで漂うことと
海水が尽きてしまったかつての海に立ち尽くすことと
どちらを選ぶかだって?
選択肢はどこへ消えた
選択肢はどこへ消えた
霧もないのに景色は判然としない
見えているものすべて動きを失ったようだ
色があるのに色がない
僕は一人風化してしまうかな
だから僕は詩人になろう
青いと思える空を探して
松井絆
かなしみとしあわせと
「幸せとは」っていう主題は
人によってちがうから
それに対する返答は
なんだっていいのだけれど
どうして 自分にとってのそれが
わからなくなるんだろうねぇ
ものすごく ふしぎだよ
松井絆